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人々を「四苦」から いかに解放できるかを考えてきた[外:27F0C69A76BF571D6DC25DB389D20779]橋さん。
[外:27F0C69A76BF571D6DC25DB389D20779]橋さんは 人生の終わりにやってくる
葬儀だけでなく→
それ以外にも さまざまな問題の
解決のため 奔走してきた。
檀家たちとの交流の中で→
介護を必要とする高齢者の急増を実感した[外:27F0C69A76BF571D6DC25DB389D20779]橋さん。
15年前 この廃業した温泉旅館を借り受け
デイサービスセンターを設立した。
[外:27F0C69A76BF571D6DC25DB389D20779]橋さんは 他にも→
高齢者への配食サービス訪問介護など→
老苦や病苦に対処する
ネットワークを作ってきた。
更に[外:27F0C69A76BF571D6DC25DB389D20779]橋さんは
より若い世代の困難にも力を尽くす。
例えば 山深い地で そば屋を開くなど
チャレンジする人に融資する→
NPOバンクの立ち上げにも関わった。
[外:27F0C69A76BF571D6DC25DB389D20779]橋さんは 住職とは十の職をこなす人のことだと言う。
僧侶として何ができるか。
その事をどこまでも追究する[外:27F0C69A76BF571D6DC25DB389D20779]橋さん。
でも実は 以前は
そんなことを全く考えていなかった。
あの日… までは。
[外:27F0C69A76BF571D6DC25DB389D20779]橋さんは 昭和23年寺の住職の一人息子として生まれた。
中学生になると いやおうなく
父が執り行う葬儀に連れていかれた。
「絶対に僧侶になりたくない」
そう思った。
ところが。
大学受験の時 第一志望校に落ち仏教系の大学に進学。
厳しい父に逆らうことができず
僧侶になる道を選んだ。
[外:27F0C69A76BF571D6DC25DB389D20779]橋さんは 「寺に生まれたから
世襲しただけのことだ」。
そう 開き直った。
「その日」がやってきたのは29歳の時だった。
[外:27F0C69A76BF571D6DC25DB389D20779]橋さんは ニューギニアでの
遺骨収集団に呼ばれた。
第2次大戦中 1万人以上の日本人兵士が
戦死した ビアク島。
火炎放射器を放たれ 1,000人の兵士が
焼け死んだ洞窟で 供養を行う。
洞窟には 水がたまり
兵士たちの遺骨が散乱していた。
[外:27F0C69A76BF571D6DC25DB389D20779]橋さんは 遺骨収集団のリーダーである
山田無文老師に→
経を読むよう指示された。
そばに この地で夫を亡くした一人の女性がいた。
戦後30年 亡き夫の子を
女手一つで育て上げた女性だった。
その時だった。
絶句してしまった[外:27F0C69A76BF571D6DC25DB389D20779]橋さんを山田老師が どなりつけた。
[外:27F0C69A76BF571D6DC25DB389D20779]橋さんは
泣きながら お経を読み始めた。
その時初めて 思い至った。
[外:27F0C69A76BF571D6DC25DB389D20779]橋さんを変えた あの日。
あの日のことは
今も 胸に 焼き付いている。
去年 秋。
[外:27F0C69A76BF571D6DC25DB389D20779]橋は ある決意を固めた。
あと半年ほどで 住職の座を
身内ではない若手に譲る。
これからも[外:27F0C69A76BF571D6DC25DB389D20779]橋が僧侶として
生きていくことには 変わりがない。
だが 地域のよりどころとなっている寺が
その役割を果たしていくには→
住職という地位は
後進に託した方がよいと考えた。
そんな時だった。
[外:27F0C69A76BF571D6DC25DB389D20779]橋のもとに 一通のメールが届いた。
それは 末期のがんの夫を持つ
妻からのメールだった。
「残された時間を
彼らしく生きていますよ」。
「それを見ると ますます
彼らしい葬儀をしたい と思いますね。→
どうか力を貸してください」。
メールを送ってきたのは2人の子どもを持つ 鈴木久美子さん。
45歳の夫 均さんは
末期の皮膚がんだった。
均さんは 20年以上 千葉・浦安の図書館で
司書として働いてきた。
本に対する造詣と愛情は 人一倍深かった。
4月上旬 [外:27F0C69A76BF571D6DC25DB389D20779]橋は 東京の緩和ケア病棟にいた均さんを訪ねた。
この時 均さんのがんは
脳にまで転移していた。
均さんの両親は [外:27F0C69A76BF571D6DC25DB389D20779]橋の高校時代の同級生。
[外:27F0C69A76BF571D6DC25DB389D20779]橋は 子どもの頃から均さんをかわいがっていた。
均さんは 自分のことではなく むしろ
妻 久美子さんのことを心配していた。
4月半ば。 均さんは退院した。
最期の場所として自宅を選んでいた。
念願だった長男の入学式に出席。
均さんは 家族と共にその後の日々を大切に過ごした。
そして→