考えていなかったと思います。
あの時 私は両親と
この世で二度と会えなくなるとは→
思ってもいませんでした。
それなのに なぜだか私たちは心のどこかで→
お互いに さよならを
言っていたような気がするんです。
(キャブ)1989年に 私は家族にも知らせずに
ひそかにチベットを出ました。
インドから手紙を書きましたが
家族には一通も届いていません。
チベットには もう戻れなかったので
家族とは長い間 音信不通でした。
私が亡命を決意した一番の理由は
チベットが置かれていた政治情勢です。
チベットは
かつては独立した国でした。
しかし 中国に支配されるようになって
チベット自治区となりました。
表向きは伝統的な言葉や文字を使うことが
認められています。
でも 実際には
チベット語の使用は制限されています。
公式な文書は 中国語で書かなければ
いけないということになっています。
それから会合だとか
会議などでもそうです。
チベット語ではなく 中国語を使うことが
定められているんです。
言語というのは→
人のアイデンティティーの根幹を形づくるものです。
ですから 生まれ育った土地の言語を
禁じるということは→
その人のアイデンティティーをも
奪ってしまうということになります。
インターネットのビデオ通話を使って
チベット語を教えるようになりました。
すると チベットに住む
多くのチベット人が→
自分も教わりたいと言ってきました。
彼らは伝統的なチベットの言葉を学びたがっていました。
今の時代は
インターネットを使ってつながり→
ビデオ通話で教えることができるから
ありがたいです。
チベットには
私の生徒が300人以上います。
チベットで育ったので
子どもの頃 馬の乗り方を覚えました。
ごく当たり前のことでした。
チベットで生きていくためには→
馬やヤクの乗り方を
身につけなければならなかったのです。
私たちにとって乗馬は趣味ではなく
生活のすべでした。
故郷では 馬たちは
広大な草原で走り回っていました。
馬も そして乗り手も
幸せだったと思います。
ここでは 馬は手厚く世話をされているし
餌も ちゃんともらっています。
でも実際のところは ろう屋に
閉じ込められているようなものです。
星の王子さまは 自分が求めるものに
向かって まっすぐに突き進みます。
何の束縛も受けてはいません。
そして諦めずに ずっと探し続けます。
私も彼のようになりたいです。
「『今夜は… 来ないでね』と王子さまが言った。→
『君をひとりにはしない』。
私は そう答えた」。
「その夜 王子さまは
音も立てずにいなくなっていた。→
私が やっと追いつくと
王子さまは言った。→
『つらい思いをさせちゃうよ。
僕は まるで死んだように見えるから。→
でも本当は そうじゃないんだ』。
私は黙っていた。→
『分かるだろ? 遠すぎるんだ。→
この体を運んではいけない。重すぎるから』。→
私は何も言わなかった。
彼も黙り込んだ。 彼は泣いていた。→
『ほら 僕の花… 僕は彼女に責任がある。→
彼女は弱いし 世界から身を守るのにあのお粗末なトゲしか持っていない』」。
「彼は少しためらってから
1歩前へ進んだ。→
すると足元で 黄色いものが一瞬光った。→
少しの間 彼は じっと動かなかった。そして ゆっくりと倒れた」。
「これは私にとって世界で最も美しく
最も悲しい風景だ。→
小さな王子さまが
地球に姿を現したのはここ。→
消えたのもここだった。→
いつか ここに来ることがあったら→
急がず 星の下で少し待ってみてほしい。→
金色の髪をした子どもが笑顔で近づいてきたら→
それが誰か すぐに分かるはずだ。→
その時はどうか私に手紙で知らせてほしい。→
彼が帰ってきたと」。