<大阪市内にある新型コロナ感染者の宿泊施設。
一人の世界チャンピオンが
隔離生活を強いられていた。
京口紘人選手、27歳>
場内アナウンス≫ヒロトマッドボーイ、キョーグチ!
<14勝無敗で
2階級制覇を達成している
京口選手。
デビューから1年3か月で世界チャンピオンになった
日本選手最速の記録を持つ>
場内アナウンス≫ヒロトマッドボーイ!
京口≫まいどおおきに!
ありがとう!
<しかし、11月2日
新型コロナの感染が判明。
翌日に予定していた世界戦は
急きょ中止となった>
<さらに、後遺症と思われる
症状にも苦しめられていた>
<それでも再びリングに立とうと
動き出した京口選手。
なぜ自分は戦い続けるのか。
リングに立つことで何を得られるのか。
新型コロナと闘った
世界チャンピオン。
格闘の記録だ>
<ことし9月。
京口紘人選手の
世界戦の開催が発表された。
試合は2か月後の11月3日だ>
<感染が広がって以降男子では国内初の世界戦となる。
実は、京口選手の世界戦は
もともと5月に行われるはずだった>
<しかし
新型コロナの影響で中止に。
感染対策をしながら
地道に練習を続けてきた。
早くリングに立ちたい。
京口選手にとってボクシングは
子どものころから
人生のすべてだった。
京口選手は大阪出身。
3人きょうだいの末っ子で体も小さかった>
<転機は小学5年のころ。
ビデオで見た、浪速のジョー辰吉丈一郎選手。
打たれても打たれても前に出る。
その姿に心を奪われた>
(ゴング)
<小学6年からボクシングの道へ。
世界チャンピオンの夢に向かって
努力を続けた。
劣等感を抱いていた少年は
ボクシングと出会い
日本選手最速で
世界王者へと駆け上がった。
しかし、新型コロナの影響で
戦う場を奪われた。
自分の存在意義は何か?
突きつけられていた>
<世界戦まで1か月を切った
10月。
京口選手のジムは
コロナ禍で世界戦を開催する難しさに直面していた。
ジムのマネージャー
深町信治さん。
世界戦の開催には
およそ5000万円が
必要だという>
<裏方として京口選手を支えてきた深町さん。
コロナ禍だからこそ
世界戦を実現したいというのが
2人の思いだった。
しかし、新型コロナの影響でテレビ中継はなく
観客も半分以下に
制限せざるをえない。
深町さんは
スポンサー集めに奔走していた。
この日、訪ねたのは
大阪市内の住宅メーカー>
≫どうでした?
<その後も、企業を回り続けた>
<深町さんは資金を集めるため
100社以上を訪ね歩いた>
京口≫おはようございます。
<京口選手は新型コロナの影響で
ふだんとは全く違う
難しい調整を強いられていた。
本来なら、外国人や
ほかのジムから選手を呼び
さまざまなタイプの選手と
実戦を繰り返すことで
試合勘を養っていく。
しかし感染リスクを避けるため
同じ相手と
スパーリングを繰り返す日々。
練習の質が
どうしても落ちてしまっていた>
場内アナウンス≫
タノンサック・シムシー。
<今回の挑戦者は世界10位