経営は破綻寸前だった。
新保さんは 我に返った。
買い手としてこうした状況に加担してきたのは→
自分ではなかったか?
心から この牛を売りたいと思った。
だが それは いばらの道だった。
固く大味な肉はどんな処理を行っても全く売れない。
新保さんは 海外で取り組まれていた
ドライエイジングという熟成方法を学び→
肉に施した。
日本の牛に合うよう水分量の調整や菌の付き具合→
熟成させる期間など
あらゆるパターンを試した。
しかし 何度やっても結果が出ない。
1年が過ぎ 2年が過ぎた。
西川さんの牛を
3か月に1頭 買い取り続けていたが→
赤字は膨らみ 追い込まれていった。
だが 新保さんは粘った。
3年目。
不思議なことが起きた。
いつものように
熟成庫の肉を観察していた時→
ふと 草の香りを感じた。
水分を極限まで抜き 熟成させた肉。
その牛が食べてきた野草の香りが
内側から染み出してきた。
食べたことのない 個性が宿る肉。
かみしめるほど充実感が心を満たしていった。
新保さんは 店に大量に飾ってあった
賞状やトロフィーを全て捨てた。
高い肉を競り落とすことが
肉屋の仕事ではない。
託された肉の価値を最大限 引き出し
責任を持って届ける。
それこそが 肉屋の誇り。
あの 西川さんの牛は今出荷が追いつかないほどの人気となり→
牧場の経営は持ち直しつつある。
だが 新保さんの一番の喜びはブランド化に成功したことではない。
気がつけば 互いに信頼しあえる
親友のような仲間ができた。
どん底を見た BSE騒動から18年。
新保さんは 本当の自信を手に入れた。
この日の新保は
どこか落ち着きがなかった。
新保いわく 前代未聞のむちゃぶり。
精肉店歴 38年目にして自身初となる大仕事が舞い込んでいた。
依頼してきたのは 長年
つきあいを重ねてきた飲食店の経営者。
17年ぶりに再オープンする
江戸時代創業の老舗旅館。
そのリニューアルイベントで
地域に ゆかりのある鹿肉を→
振る舞いたいという。
再出発を占う 要の食材。
だが 鹿の熟成は
これまで手がけたことがない。
イベントまで2週間。
鹿肉との格闘が始まった。
野生の鹿は適切に処置された牛に比べ→
腐敗のスピードが圧倒的に速く数日で酸化する。
そのため 鮮度の高いうちに
食べることが多く→
腐敗と隣り合わせの熟成は
至難の業とされてきた。
持ち込まれて間もないにもかかわらず
体液が染み出し→
酸化が始まっていた。
部位ごとに異なる包みで水分を抜き熟成のスピードを調節する。
想定よりも
熟成の進行が速い箇所があった。
ヒレ肉に当たる この部分。
水分量が多いため 酸化しやすく→
このままでは
数日後に腐敗してしまう可能性がある。
雌牛の乳房をヒレに貼りつけていく。
新保が編み出した熟成の技。
空気に触れないよう分厚く覆い
脂でコーティングすることで→
熟成を緩やかにできるという。
愚痴を言いながらも連日 試行錯誤を重ねる新保。
どんなに無理筋な挑戦であろうと
まっすぐ貫きたい。
緊急事態が起きた。
鹿肉から 僅かに異臭がするという。
ヒレに 酸化を示す
茶色い斑点が現れていた。
だが…。
新保は 更に攻める。
あと少しだけ粘りたい。
何度も何度も 肉の表面を切り剥がしては手当てを施す。
はあ~…。
迎えた イベント当日。
鹿肉が運び込まれる。
手塩にかけて熟成させた肉を自らの手でさばき→
責任を持って届ける。
メインの鹿肉料理が客に振る舞われる。
その肉は 香り高く
深いうまみにあふれていた。
♪♪~(主題歌)