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2020/02/04(火) 22:30〜23:20 プロフェッショナル 仕事の流儀「虐待・貧困支援 高橋亜美」[解][字]


女性の通院に付き添った。
高橋が大切にするのは

相談者と過ごす 何気ない時間。
境界線を引くべきという考えもあるが
高橋は 違う。
この日は
かつて児童養護施設に入っていた→
大学生の相談に乗るため 福岡へ。
自らの力で 社会にこぎ出そうとする男性。
その姿を見ることが
高橋にとって 何よりの喜び。
ある休みの日 近くで暮らす父
亜土さんがやって来た。
そして突然 意外なことを語り始めた。
なんで。
高橋さんは 1973年 岐阜の生まれ。
誰とでも仲良くなれる 明るい性格だった。
小学4年生のとき。
父のもとで 卓球を習い始めた。
ふだん おおらかな父が


卓球になると豹変した。
ミスすると厳しく叱責され
おなかや顔をたたかれた。
高橋さんから いつしか 笑みが消えた。
そんな高橋さんに居場所を作ってくれたのは 一人の親友だった。
たくさんケンカもしたけれど
いつだって→
ありのままの高橋さんを
受け入れてくれた。
高校卒業後 大学で児童福祉を学んだ。
虐待で傷ついた子どもたちの心が知りたかった。
そして虐待を受けた子どもたちが生活する
自立援助ホームで働き始めた。
「私なら 彼らを幸せにできる」。
時間の許す限り 子どもたちと向き合い全力で励ました。
でも 返ってきた反応は
予期せぬものだった。
「元気づけたい」と接するほどに
かたくなに拒絶された。
なぜ 受け入れてもらえないのか。
高橋さんには分からなかった。
(電話の着信音)
そんなある日 電話が鳴った。
苦しかった子どものころ
ありのままの自分を受け入れてくれた→
あの親友からだった。
数日後 その親友から また電話が鳴った。
♪♪~
その2日後。 親友は命を絶った。
出口のないトンネルにいるように感じた。

(電話の着信音)
働き始めて5年が過ぎた ある日。
施設を巣立っていった女性から電話が鳴った。
「死にたい」という。
駆けつけると 女性は妊娠していた。
施設を出たあとに
生活が立ち行かなくなり→
やむなく性風俗で働き
妊娠させられたという。
高橋さんは 自分のふがいなさを
痛いほど感じた。
自分がしてきたことは 優しさの
押しつけでしか なかったのではないか。
高橋さんは 決めた。
「がんばれ」とむやみに励ますことはやめよう。
彼らの苦しみを ただただ 大切にした。
かつて親友がしてくれたように「そうだよね」と寄り添った。
やがて 子どもたちからの暴言は
減っていった。
もう二度と 苦しむ人を
一人きりにしたくない。
37歳のとき 今の相談所を立ち上げ
施設などを出た人の支援を始めた。
でもそれは
なまはんかなことではなかった。
SOSの声は四六時中届く。
自らのふがいなさに数えきれないほどの 涙を流した。
でも 一人一人と
一生をかけてつきあうと決めた。
♪♪~

心が折れそうになったとき一人 やって来る場所がある。
ふるさとを潤す長良川。
あの親友を 思い出す。
♪♪~
悩ましい相談が舞い込んだ。
現れたのは
まだあどけなさが残る若い女性。
父親から
殴る蹴るなどの暴行を受けて育った女性。
虐待は 心に暗い影を落としていた。
入院や避妊。 どのアドバイスも女性が受け入れることはなかった。
諦めにも近い人間不信を
高橋は 認めざるをえなかった。
1時間の話し合いが 終わった。
女性からの連絡は 途絶えた。
だが高橋は
休日も彼女のことを考え続けていた。
あなたと話したい。
4日後のことだった。
女性から

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ikatako117