しかし その時オーナーから提示された条件は→
イタリア人の3分の1の給料。
それでも2人は 迷うことなく受け入れた。
早速 典子さんは接客担当として働き→
斎藤さんは 調理部門で働き始めた。
そこは 戦場だった。
実力がないと見なされたスタッフは→
すぐに下働きに回されるのを
目の当たりにした。
目の色を変えた斎藤さんは→
休憩時間も削り 料理の腕を磨き始めた。
先輩を質問攻めにして 調理法を学んだ。
早朝には 専門外のデザートまでパティシエから学んだ。
かつて
努力は必要ないと思っていた青年は→
いつしか
誰よりも 真摯に料理に向き合っていた。
斎藤さんは その後もイタリア→
そして日本の有名店で修業を重ね→
30歳の時 自分の店を持つに至った。
店は瞬く間に評判となり→
8人のスタッフを抱えるようになった。
ところが。
次第に ある違和感を覚え始めた。
スタッフの食材を扱う姿勢や→
皿を出すタイミングから
掃除のしかたまで。
何もかもが 物足りなく思えてきた。
どうするか。
オープンから7年。
斎藤さんは店をやめ→
典子さんと2人だけの 今の店を始めた。
そして 常に自分を追い込む→
さまざまなルールを課した。
例えば 言い訳ができないよう→
自分が本当に作りたい料理しか 作らない。
納得のいく食材に出会うため→
誰よりも早く 市場に向かう。
そして 新作に挑む時。
一発本番で 勝負する。
それから9年がたった 今。
斎藤さんの生き方は→
ぶれない。
9月末。
斎藤はそわそわしていた。
まあ 僕ら…
秋は この香り高い白トリュフをはじめ→
豊かな旬の食材が続々登場する。
だから 斎藤は この季節が好きだという。
(斎藤)わあ~。
(笑い声)
取材を始めて 1か月。
我々は 斎藤の更に奥深くに→
迫りたいと考えていた。
斎藤に対する疑問があった。
なぜ これほどまで自分を追い込み→
よりよいものを生み出したいと思うのか。
この日も斎藤は→
あの「一発本番の新作」に挑んでいた。
秋になってから既に
5度目のメニュー変更。
そのつど 自分を追い込む姿を見てきた。
♪♪~
♪♪~
ぶっつけ本番の緊張感の中。
この日も
いかの旬の味が存分に味わえる→
斎藤らしい一品が生まれた。
しかし。
斎藤は 料理というものについて
こんなふうにも語った。
自分は どうでもいい。
少し意外に聞こえた。
斎藤の言葉の本当の意味が
見えてきたのは→
取材も大詰めを迎えた頃のことだった。
その手紙は 10年来の客だった男性の死を知らせるものだった。
斎藤たち夫婦の歯を診てくれる
歯科医でもあった その客は→
今年夏 亡くなった。
客の姉から送られてきた その手紙には→
斎藤の料理が 闘病を続ける支えに
なっていたことが つづられていた。
定休日に
亡くなった客の姉夫婦を招くと 決めた。
その日。
我々は今日も 斎藤が渾身の 驚きに満ちたイタリアンを作るのだろうと 思っていた。
この日 斎藤が作ろうとしていた料理。
それは 夫婦が極力 リラックスできる→
優しく家庭的なイタリアンだった。
♪♪~
時間となった。
♪♪~
うん。
♪♪~
「孤高の一匹狼」と呼ばれる斎藤は→
そこには いなかった。
斎藤の料理の 温かさ→
夫婦の心を 包み込んでいた。
いや こちらこそ。