今しも 泊まる人家を探していたが→
この人家が見当たりません。
2月の半ばの寒い時節→
人家がなければ
西行 命を落としてしまいます。
「人家が… 人家がない」。
ところが 講談てえのはよく出来てるんですね。
もう命がない 死んじゃう
と思った瞬間→
人家が現われる。
これ 宮本武蔵の話でも何でもそうです。武蔵が 箱根の山中→
「ああ 足を痛めた。 いい駕籠屋がいれば」
と思っているところ→
駕籠屋が現われる。
おんなじようなもんでございましょう。
一軒のあばら屋がございまして
大きな穴が外側から開いてる。
中をのぞいてみてあれば→
年の頃なら80ぐらいのおじいさんが1人。
更に 2つ 3つ 年が下なんでしょう
女房らしいおばあさんが1人。
更には 7~8歳の孫娘らしき者が
1人ございます。
「お頼み申す。 お頼み申す」。
「はいはい どなた様で」。
「鼓ヶ滝で歌を詠みせし
出家の者にございます。 一夜の宿を…」。
「どうぞ お入り下さいませ」。
すぐさま中へ入れてくれますと孫娘が目に入ります。
「お孫にございますか?」。
「はいはい。 娘夫婦がこの時節 都に出ておりまして→
我ら老夫婦が預かっております」。
「さようでございますか。私には 子もございませんが→
お孫というのは
かわいきものでございましょうな」。
「あ~ かわいい かわいい。→
『青は藍より出でて その色 藍に勝る→
孫は 子より出でて その愛 子に勝る』
と申しますからな」。
「これはご老人 実によきことを言う。→
これは 講談だから聞けること。落語では聞くことはできますまい」。
「ご冗談ばかり。→
この前も 浅草演芸ホールで→
それを言って
怒られたじゃございませんか。→
ところで
鼓ヶ滝で歌を詠まれたとのこと。→
ひとつ この爺にも その歌を
お聞かせを願えませんかな」。
言われて西行 思わずムッといたします。
そりゃあそうだ。
自分は日本一の歌詠みという自負がある。
こんな山奥のじいさんに自分の歌を聞かせたところで→
分かるわけはあるまいと思いましたが→
一夜の宿を泊めてもらうのですから…。
(せきばらい)
「あいや ご老人→
それでは 一度しか言わぬから
よっく聞いておれよ」。(せきばらい)
「『伝え聞く 鼓ヶ滝に来て見れば
沢辺に咲きし たんぽぽの花』」。
「『伝え聞く 鼓ヶ滝に来て見れば
沢辺に咲きし たんぽぽの花』。→
古来 多くの歌詠みが
多くの歌を詠みせしが→
これに勝る名歌はございますまい」。
「さもあろう」。「しかしながら 1つ→
直された方がよきところが
ございますなあ」。
思わず西行 顔に出る。
余談ですが この話を教えてくれた講談の愛山先生というところも→
ここの描写で怒っておりまして…。
「俺が もしも 何かの理由でこの宿に泊まった時に→
『お前さん 職業は?』。
『講釈師でございます』。→
『おお そうか。
それじゃあ 一席やってみな』と言われ→
一生懸命 30分 40分
『赤穂義士伝忠臣蔵』をやったあと→
『あんたの「義士伝」には傷がある
わしが直してやろう』と言われたら→
俺は そのじいさんを許さない」って。
そんな場面ないだろうと思ったんですが。
それでも 「どこを 直す?」。
「『伝え聞く』とお詠みになりましたが→
鼓は音を扱うもの。→
同じ意味であるならば『伝え聞く』ではなく→
『音に聞く』。 この方が
調べが高う… ございますな」。
「確かにそのとおりだ。
『音に聞く』の方が 調べが高い。→
恐れ入りましてございます」。
「いやいや。→
私は岡目八目で
自分で歌を作ることはできませんが→
人様の歌に あれこれ言いたくなるもの」。
「とんでもござらん。 恐らく都に出れば何の某という立派なお名前が…」。
「いやいや わたしゃ ただの爺で」。
西行 今しも うなだれておりますところ→
今度 ずいっと前へ出ましたのは