お茶販売業の甘露園は、創業70年。
田村さんは幼いころから、
お茶の葉に囲まれて育ちました。
母親の出身地、
京都の和束町のお茶が原点で、
今は全国の名産地のものを広く取
り扱っています。
>>番外のお茶を番茶っていうん
ですね。
日光を浴びてる時間も長いし、
土瓶にいれても苦くならないという。
>>日本人にとって身近な緑茶。
時代とともに大きな変化が訪れています。
緑茶を1年間に購入する金額は、
17年前はペットボトルなどの飲料が4割で、
お茶の葉が6割でしたが、
今はペットボトルが6割と、逆転しています。
食卓で急須を見たことがないとい
う子どもたちも増えているのです。
兵庫県尼崎市でカフェダイニング
を経営し、
急須からお茶をいれるという一手
間を大切にしています。
>>渋く出ないように、うまみが
出ないように、
大体65度ぐらいにするんですけ
ど、
何度になるまで待つというよりも、
こうやって移し替えて、
熱を奪ってもらったら、
65度くらいになってるなっていう感覚があるので。
>>健康やリラックス効果、
お茶の持つ可能性は無限大です。
特に日本茶は、
その繊細な風味が世界でも高い評価を得ています。
お茶の魅力を広めるために、
5年前に思いついたメニュー。
>>そーっと、
あんまり泡が立たないように。
>>抹茶ビールは、
サプライズ好きの田村さんが客を驚かせようと考えたものです。
不思議な組み合わせですが、
苦みと甘さが見事に共存しています。
>>お客さんの口にお茶を入るチ
ャンスを作っていきたいなと。
門を広げていきたいと思ってるだ
けでね。
開いてない口に、お茶をねじ込む
のが私の仕事。
>>20代のころには、
アパレルの会社に勤めたこともありましたが、
やっぱりお茶の仕事に就きたいと
考えました。
茶道に始まり、持ち前の好奇心で、
次々と資格を取ります。
女性で日本茶鑑定士の資格を持つ
人は、
まだ2人しかいません。
>>父母が働く姿を見て、私、
小学校のときからお茶屋さんにな
るって決めてたのを、
同級生に断言してたんですよ。
両親が大事にしてたんで、それで育ててもらったんで。
学校に行けたのも、ごはん食べら
れたのも、
お茶屋のおかげ。
>>後継者不足が深刻な業界ですが、
家業を継ぐことを決意した娘を、
父は。
>>ちょっと飛んでますからね。
彼女は今からでしょ。
やりたいこといっぱいありますか
らね。
だから、それは止めたらだめです
ね。
>>年に1回の大会は、
茶業組合の青年団が主催します。
今回の開催地となった大阪のメン
バーは、
2月ごろから仕事の合間に集まっ
てきました。
大会の運営だけでなく、
選手自身の練習も不可欠です。
>>一回、
通してやってみたいなと思います。>>大阪のチームは、
去年の東京大会で、
団体準優勝に輝いています。
>>競技係は茶わんにお湯を入れ
てください。
>>もともとは鎌倉時代に始まっ
たといわれるお茶の競技。
細かな決まりごとが多く、段取り
をしっかり頭に入れないと、大会
は台なしになります。
>>もう一回、
まさ君、
今の競技全部に通用することやから説明してな。
お道具係は指示を出さないといけ
ないから、今のうちに笹原さんに
分からんことを、全部中身今、