材は確保できると。
その男の目には
世界は まるで違って見える。
世の中にあふれる
膨大な言葉を発掘する。
その姿は
さながら 「言葉ハンター」。
日本でも数少ない
辞書作りを専門とする→
日本語学者 飯間浩明。
時代を映す言葉。
その本質を
的確 かつ 端的に記す。
飯間が手がける辞書は
「生きた国語辞典」と評される。
英語の「sizzle」
「油が じゅうじゅういう」より…
言葉に臆病だった少年時代。
相手に思いを伝えられず苦しんだ。
動きだした辞書の改訂作業。
立ちはだかる難題に挑む。
言葉のプロの誇りをかけた 闘い。
3月中旬。
取材を始めた頃 飯間は 自宅の
引っ越しを終えたばかりだった。
言葉遣いも どこか独特だ。
飯間は 日本でも数少ない→
辞書作りをなりわいとする
フリーの辞書編纂者だ。
手がけるのは 現代語に
最も強いとされる 国語辞典。
およそ6~7年に一度の
辞書の改訂に向け→
ひたすら 気になった言葉を
集める事に時間を費やす。
この日も 洗い物の最中。
(アナウンサー)「ブラック校則の問題に取り組む民間団体が…」。
「ブラック校則」という言葉が
耳に残った。
新しく生まれた言葉や→
これまでにない使い方などを発掘する…
「私たちが 今後も世界で戦える
トップカーラー→
カーリング選手になっていかなきゃ
いけないな…」。
中でも 飯間が目を光らせるのが→
SNSなど 若者たちが言葉を発信するツールだ。
学期末のこの日 検索したのは
「終業式」というキーワード。
飯間は 6年前に初めて→
「たん」という新たな接尾語を発見して以来→
幾度か出会っていた。
なるほど。
そして 飯間の用例採集の主戦場が
町なかだ。
看板やメニュー 人々の会話など→
日々生まれる言葉にアンテナを張り巡らせる。
(シャッター音)
(取材者)何撮ったんですか?
こうして 1年間で集める言葉は
4,000語以上。
これが
飯間の辞書作りの根幹を成す。
前回の改訂から4年
飯間が本格的に動きだした。
集めた言葉の中から 辞書に
新たに載せる候補を厳選し→
その意味などを書く
「語釈」の作業に取りかかる。
新語候補の一つ 「黒歴史」。
2年前にこの言葉を見つけて以来→
ネットや新聞など あらゆる媒体で
使われるようになっていた。
「過去25連敗中 “黒歴史”消す」。
飯間は 言葉が定着してきたと考えていた。
集めた資料の中に
気になる記述があった。
(飯間)ほんとなのかね。
「黒歴史」の語源と思われる19年前の映像をチェックする。
4時間かけ 書いた語釈。
「人に知られては困る はずかしい消してしまいたい歴史」。
ただ単に 「消してしまいたい歴史」
と説明するのではなく→
「人に知られては困る はずかしい」
という→
使う人の主観も編み込んだ。
ここにこそ飯間が辞書に込める思いがある。
そして 飯間は
語源の情報も書き込んだ。
この日 語釈を書いた言葉は
全部で5つ。
気付けば 夜は明けていた。
♪♪~
飯間さんの
言葉に対するこだわりは→
意外なところでも かいま見れる。
♪♪~
♪♪「やっと眼を覚ましたかい」
それは 毎年の大みそか。
「紅白歌合戦」の裏で→
歌詞の意味などを実況する人気のツイート。
例えば
CMで話題となった この歌。
♪♪~
コロコロした声と…。
飯間さんが注目したのは
「コロコロ」という言葉。
時代が変わっても変わらない
言葉の奥深さ。
その一方 飯間さんは→
時代に応じて 本来の意味からどんどん変化する言葉にも敏感だ。
例えば こちら。
もともとの語釈は…
♪♪~(カラオケ)
飯間さんは前回の改訂でこう書き加えた。
鉄の板がかたい事から転じた意味。
賭け事で使われ始めここ十数年で広がった。
「辞書は 時代を映す鏡であれ」。
飯間さんが目指す辞書編纂者の姿だ。
飯間はこの日 辞書の編集会議の
ために 出版社を訪れた。
あ 失礼します。
≪あっ どうも。
こんにちは
よろしくお願いします。
編集委員は 日本語学の権威や→
最も多くの言葉を執筆する飯間など 5人。
次の改訂に向け 収録されている
8万2,000語の見直しや→
新たな言葉の選定などを行う。
編集方針を話し合う中で出版社が危機感を訴えた。
辞書の売り上げは 出版不況や
ネットの普及によって→
20年で3分の1にまで
減少していた。
存在意義そのものが
飯間たちに問われていた。
実は飯間には 気になって
頭から離れない言葉があった。
それは1か月前 電車の窓から
一瞬だけ見えた言葉。
飯間でも これまで一度も
出会った事がなかった。
翌日。 もう一度
同じ電車に乗ってみる。
一体
どこに書かれていた言葉なのか。
見つけた。
それは 工場の外壁に掲げられた標語だった。
次の駅で降り 工場へ。
更に 言葉の生まれた背景やどのように使われてきたのか→
現場に直接聞くという。
飯間が大切にする 信念がある。
20分後
飯間は興奮して戻ってきた。
「整正美化」とは
単に整理整頓するだけでなく→
作業も美しく行おうという
独自の標語だった。
お疲れさまでした。
辞書編纂者 飯間浩明。
どんな言葉にも
あふれんばかりの愛を注ぐ。
この日は
ラジオ番組へのゲスト出演。
テーマは 「最近 気になる日本語」。
今でこそ 言葉のプロの飯間さん。
だが意外にも 言葉に悩まされ
苦しみ抜いた日々があった。
「何故
われわれは会話がへたくそか」。
これは 飯間さんが
中学生の時につづった→
言葉をテーマにした考察だ。
高松で生まれ育った飯間さん。小さい頃から 本が大好きだった。
祖父が集めた蔵書のみならず
特に国語辞典は→
通学中 歩きながら読むほどに
熱中した。
ある日の授業中 教科書に
教師も知らない言葉があった。
飯間さんは 思わず言った。
どうして 自分はたくさんの言葉を知っているのに→
うまく扱えないのか。
相手に思いを伝えられず日々 悩み続けた。
飯間さんは
言葉の「本質」を知りたいと→
大学で日本語学を専攻。
授業以外 半ば引きこもりながら→
「万葉集」や「源氏物語」など
日本語の原点に のめり込んだ。
そんなある日 一冊の本に出会う。
「ことばのくずかご」。
著者は 日本語学者…
町で見聞きした言葉や 時代の新たな表現を集めた→
斬新な本だった。
見坊さんは 国語辞典の神様とうたわれた人物だった。
かつて夢中で読んだ辞書への
思いが わき上がってきた。
自分も 辞書を作りたい。
だがそれは 選ばれし専門家だけが担える 狭き門だった。
飯間さんは大学院を卒業後→
大学講師とアルバイトで食いつないだ。
一人 用例採集を始め→
現代語についてのエッセイも次々と発表した。
そして 10年。
ついに ある出版社の目に留まり→
辞書の編集委員に抜擢される。
それは偶然にもあの見坊さんが生前→
手がけていた辞書だった。
飯間さんは これまで以上に熱心に言葉を集め 調べ尽くした。
だが 神様が作り上げた辞書の
伝統を守ろうとするあまり→
語釈を書き換える事には
慎重だった。
そんな飯間さんのもとに
ある日 読者カードが届いた。
そこには
全国の小学生から大人まで→
言葉の悩みや質問 要望が
たくさん書かれていた。
飯間さんは初めて 多くの人が→
言葉を大切に生きている事を実感した。
更に
一つの言葉が飯間さんを変える。
「恋愛」。
語釈は「男女の間の恋」となっていた。
だが 一人の編集委員の指摘に
ハッとなった。
「男女だけに限っていいのか」。
どうすれば 使う人の気持ちに沿った辞書が作れるか。
飯間さんは 臆さず闘い続ける。
改訂に向け 飯間には辞書編纂者人生で→
長年 苦しみ続けている
問題があった。
市民講座でも
その言葉を取り上げる。
「的を射る」と「的を得る」
どちらが正しいか。
一般的に 「的を射る」は
うまく的に当てる→
急所に当たる意味で
正しい表現とされ→
「的を得る」は誤用とされる。
しかし 飯間の考えは違う。
論争を呼ぶ 2つの言葉。
そもそも 「的を得る」が間違いだと初めに指摘したのは→
あの辞書の大先輩
見坊豪紀だった。
「的を射た」と「当を得た」が
交錯して→
「的を得た」になってしまった
という説だ。
この日の編集会議。
飯間は 改訂版に載せる「的を得る」の語釈を用意していた。
今回 飯間は
「的を得る」は誤用ではないと→
はっきり明記したいと考えていた。
実は 飯間たちの辞書は前回の改訂で→
初めて「的を得るもあり」と
2つの言葉を併記。
今回 更に もう一歩
踏み込みたいという。
世論の4割が 実際に「的を得る」を
使っているという調査や→
言語学の論文などを基にした
考えだった。
だが…。
出版社から反対の声が上がった。
前回の改訂版ですら
読者から批判が相次いだという。
飯間は粘る。
「的を得る」への誤解を正した上で→
読者に どちらを使うか
判断してもらいたい。
結論が出ないまま
会議は5時間に及んだ。
2日後 「的を得る」が使われていた
歴史的根拠を探し出す。
ええっと… ああ あそこだな。
一晩かけてネットで見つけた情報を頼りに訪ねたのは→
仏教書専門の古書店だった。
見つけたのは80年以上前に出版された学術書。
更に もっと古い資料があるという
情報をつかんだ。
江戸時代に書かれた
方言に関する文献だ。
250年前にも
「的を得る」は使われていた。
「的を得る」の歴史的根拠は
見つかってきた。
だが 飯間の心は揺れていた。
「的を得る」を立て過ぎると→
「的を射る」を使ってきた人の
気持ちを損なうのではないか。
飯間が
語釈の作成に取りかかった。
う~ん…。
何度も「得るは誤用ではない」と書きかけては 消す。
自分は何を見据えるべきか。
飯間の語釈。
「的を得る」→「的を射る」。
「射る」を優先させた。
あの 「的を得るは誤用ではない」と
強調する文言は入れなかった。
ただ ある一文を付け加えた。
「『射る』も『得る』も特に戦後 広まった言い方」。
「的を得る」も ちゃんと人々の間で
生きてきたという思いを込めた。
この結論を 編集会議にあげる。
♪♪~(主題歌)
じゃあ
ちょっと行きましょうかね。
こっち渡ります。
あっ ダメだ。
すべての言葉に価値がある。
その一心で 辞書を編む。
飯間は今日も街に出る。
♪♪~
それはね たくさんの人を
よかったと思わせる人。
ちょっと辞書風になりましたかね。
♪♪~
2018/06/11(月) 22:25〜23:10
NHK総合1・大阪
プロフェッショナル 仕事の流儀▽言葉の海で、心を編む〜辞書編さん者・飯間浩明[解][字]
“言葉ハンター”の異名を取る気鋭の辞書編纂(さん)者。街なか、SNS…日々生まれる言葉を集め、その意味や解釈を辞書に編む。国語辞典の改訂に向けた熱き闘い!
詳細情報
番組内容
“辞書の神様の生まれ変わり”と評される、気鋭の辞書編纂(さん)者・飯間浩明(50)。“言葉ハンター”の異名を取り、街なかやSNSなどで日々生まれる言葉を集める。「黒歴史」「シズル」「鉄板」…時代を映す言葉の数々。その本質を、的確かつ端的に辞書を編む。言葉ひとつひとつに並々ならぬ愛情を注ぐ飯間。国語辞典の改訂に向け、8万語を超える言葉と一身に向き合う男の、知られざる熱き闘いの現場に密着!
出演者
【出演】辞書編纂(さん)者…飯間浩明,【語り】橋本さとし,貫地谷しほり
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
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