2018/11/20(火) 23:55〜00:44 NHKスペシャル「自閉症の君が教えてくれたこと」[字][再]
直樹さんの成長を実感した。
私も覚悟を決めて 話し始めた。
いや いろいろ結構 考えるんですけど…。
終わり!
取材の翌日。 直樹さんは→
私に話した事に 更に思索を加えた
文章を送ってくれた。
日本から9,000キロ離れたアイルランド。
直樹さんの存在が 世界で知られるようになったのは→
ここに住む一人の作家との
出会いが きっかけでした。
「クラウド・アトラス」などの作品で
知られる…
ミッチェルさんにも→
10歳になる 会話のできない自閉症の息子がいます。
息子が何を考えているのか
分からず→
子育てに
半ば絶望していたミッチェルさんは→
4年前 直樹さんのエッセーの存在を
知りました。
日本で
英語教師として8年間過ごし→
日本語が読めた事が幸運でした。
なぜ 息子は床に頭を打ちつけるのか。
突然 パニックを起こすのか。
全ての答えが そこにありました。
ミッチェルさんは すぐさま
翻訳に取りかかりました。
それがまた
ほかの言語にも翻訳され→
世界30か国で
読まれるようになったのです。
今 ミッチェルさんと直樹さんは
往復書簡を交わしています。
直樹さんの言葉を通して→
コミュニケーションがとれない息子の事を知ろうとしていました。
2人の往復書簡の中にも→
がんとともに生きる私が学べるものがあるのではないか。
私は そう考えていた。
この日 ミッチェルさんから新しい質問が届いていた。
「If you could email advice
to your 13year-old self→
what would you tell him?」。
ラジオ講座を聴き続けたおかげで直樹さんは英語を読む事ができる。
ミッチェルさんの質問は→
「13歳の時の自分にアドバイスするなら→
どんな言葉を送るか」
というものだった。
直樹さんが障害を抱えている事を
自覚したのが 13歳の時だった。
小学校の授業についていけず
知能が遅れていると見なされ→
特別支援学校に
進路を変えざるをえなかった。
自分には知能がある 心がある→
そう言いたくても訴える手段はなかった。
そんな13歳の頃の自分に
送ったのは…
しかし そのあと 当時のつらさを
一つ一つ思い出した時→
直樹さんの頭に
違う言葉が浮かんだ。
「ありのままでいい」という言葉を
消して書いたのは→
「人生は短い」という言葉だった。
がんと生きる私も また→
いつ落ちるか分からない
不安定なブランコに→
乗せられている気がする。
どう こぎ続ければ止まるのか。
見える風景が変わる時は
あるのだろうか。
直樹さんは この夏→
母親の実家がある北九州に帰省しました。
ここには 認知症となった
祖母が暮らしています。
祖母の認知症を
母親は嘆いていました。
しかし 直樹さんは→
悲しむべき事ではないと考えていました。
悲しいと思うのは 周囲の人の
勝手な思い込みではないか。
自分なら 認知症の祖母の幸せを
見いだせる自信がありました。
あら~ お帰りなさい。
こんにちは。
79歳になる祖母の京子さん。
7年前から記憶を失い始めています。
この前 いました…。
祖母の京子さんは 早速→
直樹さんの大好物だったホットケーキを
作ろうとしていました。
(京子)いいですよ。 上手 上手。
おっ うまい!
(母)じゃあ 殻ここに…。
(京子)これに つかんやったらいい。
(母)うんうん。
だから大丈夫だと思うよ。
料理上手だった祖母。