2019/01/23(水) 15:50〜17:53 ten.【美しい港町「広島・鞆の浦」を大調査!若一調査隊】[字]
北方領土というのは、ロシア、
当時、
ソ連の側の手に渡っていくんですけれども、それが、
日本は全くの不法な占拠だという
ふうにずっと訴え続けていた。
一方でロシア側は、
合法的に自分たちの領土に編入したんだというところで、全く根底
のところでかみ合っていないわけ
ですね。
ここがかみ合わないと、
日本としては不法に取られたものを当然返してもらって当たり前だ
という交渉になるんですけれども、
一方のロシアの側からすれば、
正しく合法的に、自分のものにな
ったんだから、
温情をかけて、
何かの見返りとともにあげるというふうな認識になる。それ当然、
条件闘争で合わないところが出て
くるということになるんですね。
じゃあ、この2人のリーダーが、
どうやってこれを乗り越えようとしているのか、
今回で25回目の会談、
非常に親密な関係だというふうに両者とも自負している。
じゃあ、この2人の個人的な関係
で、
なんとか物事を前に進めようとい
うのが、今回の会談だったんです
けれども、実はそこにも、
壁が立ちはだかったんですね。
父の遺訓ということなんですけれ
ども、非常にこれ、やはり歴史の
因縁を感じるんですけれども、こ
れ、ご覧ください。
安倍総理のお父さん、
安倍晋太郎元外務大臣ですけれども、
北方領土問題の解決にものすごく
やっぱり熱心に力を注がれた政治
家だったんですね。
しかし途中で病に倒れて、
この悲願を達成することなく、亡
くなっていく、それを背負ってい
るのが、今の安倍総理ということ
になるわけですね。
一方のプーチン大統領なんですけ
れども、
プーチン大統領のお父さんも、
第2次世界大戦の当時の海軍の軍人だったわけですね。
最も激戦だったというドイツとの
戦いの中で、
大きくけがをして、
傷い軍人になってしまったということをプーチン大統領は誇りに思
っている、いろんな式典、
戦争に絡む式典には必ず、このお父さんの遺影を持って、
出席をされるということで、第2
次世界大戦の歴史観というのは、
絶対に譲ることはできないという
のが、
プーチン大統領の考えですので、
基本的にこの北方領土の問題も、
取られた、
いや、
合法的に取ったんだということが、
全く一致することはできないというのは、これ、
個人的な関係の中でも、
なかなか乗り越えることのできない問題というのは、
やっぱり抱えていたということは
いえるんだと思いますね。
>>増田さん、これまで何度も話
し合われてきたわけで、
歴史認識の一致っていうのは、
なかなか難しいものなのかもしれませんね。
>>だから合法であるとか、
不法であるという考え方を変えるというのは難しいから、
ずっとかかってきているわけで、
じゃあそれはたぶん、合法である、
不法であるというのは、自分たち
の国の、
国民に向けての、
一つの考えであって、
そこを置いといたうえで、さあ、
次になんか前進するにはっていう気持ちがあるから、今回の会談に
なってると思いますし、ただやっ
ぱり、
北方領土問題がありながら、ロシ
ア側からやっぱり近づいてきてい
るわけですよね。
近づいてきてるということは、
ロシア側は経済的にもしんどいわ
けですよね。
>>だから今回、
進展したという見方はあるんですかね。
>>そう。増田さんは本当にいい
ところ、
私、今、言おうとしていたことを
おっしゃってるんですけども。
まさにですね、じゃあ、進展させ
ようというために、両者、
どうやって歩み寄るのか、
問題はどうやって置いとくのかということでいうと、
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