2019/02/24(日) 21:00〜21:50 NHKスペシャル「大往生〜わが家で迎える最期〜」[字]


一時は 元気がなくなってしまって→
返事をするのが やっとだった

ぐらいだったのが→
このごろは 随分→
前と同じように会話も いっぱいできるぐらい元気になってきました。
じゃあ 帰るね。 元気でね。
ありがとうございました。
千加三さんは 余命1か月と宣告され→
いつ亡くなってもおかしくない状態でした。
お疲れさまです。
おかげさまで。
何かあったら 電話してね。
はい 分かりました。
ありがとうございました。
お大事に。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
あれま 大変だ。
目の見えない広美さんが→
自宅で千加三さんの介護を続けようと


決めたのには→
理由がありました。
小堀医師は 診療以外の日にも→
千加三さんと広美さんの様子を
見に行っていました。
この柿は 千加三さんが
家を建てた時→
毎年の楽しみにと植えたものです。
堀ノ内病院の小堀です。
ハハハハ…。
食べる量が 少し増えてきたおかげで…。
豆腐とかね。
はい。
うんちも 毎日出ております。
そうですか。
いやいや 起きなくていいよ。
診察じゃないんだよ。
顔 見に来ただけだよ。 顔 見に来ただけ。
いつも持ち歩いている折りたたみ椅子。
患者と目線を合わせて
ゆっくり話をするためです。
柿が…。
百目は まだね青いんだよ。
もうちょっとだね あれ。
柿が赤くなるのはまだ ちょっとあるね。
甘いね。
いや 去年もらったんだ。
顔 見に来ただけ。 じゃあね 元気でね。
そのうち もぎに来いよ。えっ?
(笑い声)

分かった 分かった。
小堀医師は
患者の主治医でありながら→
まるで
同世代の友人でもあるようです。
若い頃と年を重ねた今とでは→
患者や家族との向き合い方が大きく変わったといいます。
祖父 森 [外:5C8022286D3BC941C12E9BBC475255DD]外と同じ医学の道を志した
小堀医師。
かつては 東京大学病院の外科医として→
年間1,000件以上の手術を行っていました。
一人一人の患者さんに対して
非常に 僕は 興味を持つという…→
言葉は 悪いんですけども→
それが モチベーションになっていると思いますね。
初めて 在宅医療に携わったのは
定年後 67歳の時でした。
それ以来 患者や家族の話に
ひたすら耳を傾け→
同じ目線で向き合うようになりました。
壁に貼られた地域の地図。
これまで診てきた患者は→
13年間で 700人を超えています。
それぞれの家族に異なる事情があり→
異なる在宅医療の形がありました。
この日 向かったのは
100歳を越える患者の家。
ありがとうございます。
70代後半の息子夫婦が老老介護をしています。
おはようございます。

おはようございます。
失礼します。
こういう汚いとこにいるもんだから。
いやいや 自分の城っていうのは
大事ですから。
これは とにかく…
これはね いいお部屋ですね。
えっ?
いいお部屋です ここは。あっ そう?
あなたの王国だよ。
あれ みんな あなたの趣味でしょ?
こういうのも ほら。
大体 これも ほら古い あなたの若い時のたんすでしょ?
きりのね。
こんなの 今は 売ってないからね。
星野君子さん。 103歳です。
亡くなった夫とついの住みかとして建てた この家で→
最期の時を迎えたいと願っています。
膝が痛いんですか? 今。痛くなるの?
忘れちゃう 忘れちゃうの。