2019/12/07(土) 19:30〜20:15 ブラタモリ「花巻〜花巻はなぜ宮沢賢治を生んだ?〜」[解][字]


♪♪「TVなんか 見てないで」
♪♪「どこかへ 一緒に行こう」

♪♪「だからもう I love you so」
♪♪「I’d love to be back in your heart」
♪♪~
まず タモリさんが
やって来たのは 花巻農業高校。
賢治が勤めていた農学校の
後身にあたります。
ここで 花巻で賢治が どんな暮らしを
していたのかが分かるんです。
広いですね。
ええ。 高校の敷地内にあるんですね。
実は 高校の構内には→
賢治が生前住んでいた家が移築されているんです。
話は余談になりますけども
ここに来る途中に→
スーパーで
「フレッシュたもり」って…。ありましたね。(笑い声)
これは どうやって


生まれたんですかね。
むしろ フレッシュたもりの誕生はと。
そっちの方が興味あるな。(笑い声)
おっ! 「下ノ 畑ニ 居リマス」。
この家の中に…。入れるんですか?入ってみましょう。
ここが玄関ですか?
ここ 玄関です。
よいしょ。
失礼しま~す。
ほぉ~。
ほう… 居間。
奥の方にですね
秘密の部屋がありますので→
入ってみましょう。
はい。
ちょっと 私から。
はい どうぞ。
よいしょ。
はい どうぞ。ん? 何だ?
こちらは?
へえ~。え~。
えっ…。
どうぞ。
この方は…。
やってましたね。
はい。
あ 正解ですか。おお~。
そう。 賢治は自宅を開放して
教室を開いていたんです。
もともと

農学校で農業を教えていた賢治。
辞職したあとも
農業指導の専門家として→
ここで農民たちに
ボランティアで教えていました。
自らも畑に出て農作業。
花巻の農民の暮らしをよくするにはどうしたらいいのか考え続けていました。
なんか オルガンとかもありますが…
そうなんです。
はい。 さっき パネルで出ましたけど…
あるな! 好きなんだ。 へえ~。
でも…
賢治は この…
はい。
この花巻での暮らしがルーツとなって生まれた→
有名な作品があります。
それが「雨ニモマケズ」。
遺品の手帳の中に
書きつけられていた詩です。
自分を犠牲にしてでも
農民の役に立ちたいという→
賢治の声です。
あの~ これ 俺…高校に入ってからかなぁ→
読んだんですけども→
ここが…「ホメラレモセズ クニモサレズ→
サウイフモノニ ワタシハ ナリタイ」
っていうのを読んで→
そのころ私は
血気盛んな高校生で→
一旗揚げてやるぞって…。

高校生ですからね。
目立とうとかね
成功しようとか→
そういうことばっか
思ってましたんで これ読んで→
俺は こんな者にはなりたくないと。
あぁ~。
それ以来 随分後になって→
宮沢賢治の他の短編読むようになったんです。
これが分かるまでに
やっぱ 相当かかったわけですよね。
すごいよね
35歳で この境地に立つっていうことは。
私…
まだですか。 まだ これからですか。少し分かるようになったのが 20代後半。
でも これほどの覚悟をしてまで
賢治が農業に打ち込んだのは→
どうしてだったんでしょう?
その謎を解く手がかりは→
賢治の家が もともとあった場所に