トンネルが続いていますね。
あれは どこに通じているんですか?
見てみて下さい。
入り口が…。
さあ どうぞ。分かりました。 じゃあ…。
ああ なるほど。

これは… 装備が必要ですね。
ああ…。
よしと。 準備完了。
それでは 行きますか?
では 行きましょう。ええ お願いします。
戦車競技場だったヒッポドロームは
やがて 街を支える施設として→
巧みに転用されました。
こうして…。
冷たいですか?
おおっと…。気をつけて。
ええ。 階段は滑りますね。
足元に かなりの量の岩がある感じがします。
巨大ですね。
はい。
すごいな…。 この巨大な空間は
一体 何なんですか?
壁に囲まれたこの空間は 6世紀に
貯水槽に改造されたと考えられています。
空間全体を完全に転用したんですか?
そうです。はあ…。
街には 真水の水源が少なく
水をためることは 極めて重要でした。
敵に包囲されたり 干ばつに


見舞われた際に 街を救うためです。
そこで ローマ人は
ヒッポドロームの通路を貯水槽に変え→
この空間だけで 1,000万リットルもの水を
ためることを可能にしました。
貯水を可能にしたのが
古代のローマの防水性セメントです。
防水性のセメントで できています。
崩れることなく残っていますね。ええ。
驚いたな…。
貯水槽として使われていたとき→
どの辺りまで 水で
満たされていたんでしょう?
どこまで 防水性のセメントで
覆われているかが→
貯水量を考える上での
ヒントになると思います。
ということは 水で
満杯だったかもしれないと?
可能性はあります。
そして 恐らく 街の給水システムとつながっていたはずです。
ここは 街の中で
最大の貯水槽の1つでした。
他にもあるんですか?
はい。
今では… 200以上もの貯水槽が
確認されています。
貯水槽には 家族用の小さなものから
巨大なものまで→
さまざまなサイズや形がありました。

ここの水は どこで使われていたんですか?
この辺りは大宮殿の近くなので…→
水は大宮殿で使われていました。
奥に 壁が見えるでしょう。
あそこで行き止まりですが貯水槽は 更に先まで続いています。
なるほど。 この空間自体は
続いているということですね。
そうです。
ぐるりと向こう側まで。
右へ曲がっている水路がありますね。
これは何ですか?
この水路は 外の噴水と
つながっていると思われます。
16世紀のオスマン帝国の時代に
造られた噴水です。
つまり この貯水槽は 6世紀から
少なくとも 1,000年間→
使われていたということです。
ヒッポドロームは 戦車競技場として使われたあと→
6世紀に貯水槽に変えられたんですよね。
はい。
そして 16世紀にも まだ 貯水槽として
使われていた…。そのとおりです。
1,000年もの間 ここに
水があったということですね。
この街が 常に 貯水する必要に
迫られていたことの証拠でもあります。
さあ 戻りましょう。
チームが ヒッポドロームの内部をスキャンします。
3Dモデルからは 戦車競技場が

どのようにして→
人命を救う貯水槽に造り替えられたのかが
分かります。
ほとんどの人が知らない
イスタンブールの隠れた姿です。
しかし 間に合わせの貯水槽では
急増する人口に対処しきれませんでした。
そこで ローマの建築技術が
更に大規模に用いられました。
ヴァレンス水道橋です。