2019/12/30(月) 02:15〜03:00 ブラタモリ選「比叡山〜比叡山はなぜ“母なる山”になった?〜」[解][字]


仏様のおられる場所になっております。
低くなってますね。
あ~ さすがですね。あぁ~。
はい。 まさに その…
…というふうに昔から言われております。
そのとおりです。

(礒村)それが 最澄様が日本にこの天台宗を取り入れた→
最大の理由になるんですけれども→
それを建物の形で表したのがこの根本中堂で…
それまでは つまり…→
エリートじゃないと。そういうことです。
誰しもが。
はい。
「誰もが平等に
仏になれる素質をもつ」。
この画期的な教えこそ→
多くの僧を引き付ける「母なる山」になった大きな理由だったんですね。
更に 根本中堂には→
ここで学ぶ僧たちの心構えまでも表現されているんです。
もう一度 中をのぞき込んで頂きまして。
あ 机か。(礒村)はい。→
こちらにですね 我々が並びまして…
なぜ 私たちが この下で拝まさせて頂くのかというのが…。
はい そうです。
そう 根本中堂の中は→
僧が座る位置が
かなり低い所にあるんです。
どうしてなんでしょう?
残されておりますので是非そちらをご覧頂きたいと。
見ることができるんですか。


はい。
ということで
めったに見ることができない→
最澄の直筆を
特別に見せて頂けることになりました!
あ そうなんですか。
え~!
1200年ほど前 最澄が
自らの考えを書き残したものです。
きれいに残ってますね。
すごい うまいですよ。
空海のを見たんですけど
また違った味ですね。
こちら伝教大師の見ると→
かなり優しい感じがしますね。
(礒村)
まず1つ目がですね ここになります。→
この4文字。
ほうほう…。
(礒村)ああ そうです。
この4文字で「一隅を照らす」と。
「一隅」とは
それぞれの僧が今いる場所のこと。
「自分自身が輝き
世の中を照らす存在になりなさい」と→
説いたんです。
更に もう一つ僧に必要な心構えが書かれています。
(礒村)この4文字になりますね。
う~ん…。
(礒村)はい。

(礒村)読み方としましては…
要するに 忘己利他の精神をもって
ふだんの行いをする→
ということなんですけれども
それを形で表したのが→
あの根本中堂の形なんです。
そういう人を導くような人材を育てるために→
伝教大師は この延暦寺を
根本中堂をつくられたので。
…ということでしょうね。
それを思ってるということですね。(礒村)はい。
己を忘れ 他人に尽くすことで
仏と人々をつなぐ。
それこそが
最澄の理想だったんです。
意欲にあふれる僧たちは
こぞって比叡山を目指します。
こうして「母なる山」が誕生したんです。
こうしてですね最澄さんの教えに引かれて→
たくさんのお坊様が
集まってくるわけなんですけれども…
あぁ~。
100? もうちょっと。
今で100あるんですか?
えっ ほんと? それじゃ…
えっ!
まだいく?
(笑い声)
細かい!刻みますね。
じゃあ 答えを。 実はですね…

え~!? あ そう。あったというふうに言われております。
最澄は 人里離れた山の中が→
仏教を学ぶにはうってつけだと考えました。
そして比叡山には 僧が学ぶためのお堂が
たくさん出来たんです。
でも こんな険しい場所に→
それほど お堂を建てる場所があるとは思えませんが…。
こちらを見て頂きたいんですが→
こちらがかつてのお坊の跡があった地図です。→
これが 全体が比叡山なんですが…