2019/12/31(火) 10:20〜11:50 NHKスペシャル選「緒方貞子 戦争が終わらない この世界で」[字]


キャリア組の官僚的な人間はいて→
時々 自分の立場や昇進の事を
優先する場合がありました。
でも 正しい結果を出すには→
難民に思いやりを持つしかないと緒方さんは教えてくれたのです。
こうして 弱者を救う事に
力を尽くせたのも→
緒方さんの歩んできた人生が
影響しているのかもしれませんね。
はい じゃあ みんな撮るよ。


時を 再び遡って…。
はい はい 笑って 笑って。
笑って 笑って。
貞子は 1960年
同い年の緒方四十郎と→
熱烈な恋の末に結婚。

2人の子どもに恵まれました。
「すぐに ピーターは
物置に飛び込んで→
じょうろの中へ隠れました」。
四十郎と結婚する時 貞子が出した条件は 学問を続ける事。
でも 子育ては忙しく 楽しく→
学問の道からは少し離れざるをえませんでした。
はい はい はい。
「ハッ ハッ ハックション!」。
ええ 7度8分の熱があるのよ。
昨日までは元気だったんだけど。
ええ そうなの…。
今日は仕事がある日なのよね。
ねえ ママの都合
どうしてもつかない?
あ そう。
ああ どうしましょう…。
家事や育児の合間を縫って→
大学の非常勤講師を週に2日だけ勤めていました。
(柱時計の音)
1968年 夏。
貞子の運命を変える人が現れます。
(ノック)
ごめんくださ~い。

は~い。 どなたかしら。
はい。
緒方貞子さん?はい。
どうも 初めまして
私 市川でございます。
はあ。
高名な婦人運動家 市川房枝の突然の訪問でした。
えっ 私を国連に?
ええ。 日本の婦人団体の皆さんと努力を続けてまいりましてね→
10年ほど前からなんですが→
国連総会に参加する日本の政府代表団に→
毎年 必ず女性が参加できるように
してきたんですよ。
はあ。
でも 実は… 今年参加を予定なさっていた方が→
行けなくなってしまいましてね。
(赤ちゃんの泣き声)
申し訳ありません。
あ いえいえ。
でも なぜ 私に…?
緒方さんは 国際基督教大学で→
国際政治について
教えていらっしゃるんでしょう?
はい… ただ 今は
それも非常勤なんです。
今は このとおり 子どもが
まだ小さいものですから。
無理を申し上げているのは
重々 承知です。
ですが どうか お考えに

なってみては頂けないかしら。
9月から ニューヨークに3か月…。
(豊一)はあ~ 国連?
ええ しかも 9月から。
それはまた 慌ただしいな…。
で 四十郎君としては どうだい?
そうですね…まあ 国連に行けるなんて→
またとないチャンスですからね…。
でも 3か月もよ?
その辺は
ママだっているじゃないか。
あら 簡単におっしゃらないで。
小さな子たちのお世話なんて私一人じゃ無理よ。
そうよね… そりゃ大変よね。
まあ 現実を考えると…。
まあ しかし… 行きなさい。
えっ!?
貞子。 こういう時は まず
行くと決めてしまうんだ。
方法論は それから
皆で考えればいい。
貞子の中で しばらく
鳴りを潜めていたものが→
熱く よみがえります。
貞子の背中を世界へと押した父 豊一の言葉。
更に 時を遡ると 実は 豊一も→
国際政治の困難な現場に身を置いた事がありました。
1938年 日本と中国の戦争は
拡大の一途をたどっていました。
日本政府は 中国が