2020/01/29(水) 20:15〜20:42 サンドのお風呂いただきます「佐賀 武雄温泉〜佐賀市編」[字]
その奥様の気持ちも すごいですよね。
いや ほんとに。 よっぽど好きじゃないと
だって ついていかないですよね。
人のことは俺も分からんもんな。
いや でも。
毎日 楽しかったですか?
それが一番。
洋七さんは 22歳で「B&B」を結成。
徐々に知名度を上げていきます。
そして 1980年に訪れた漫才ブームで
人気は爆発。
一躍 時の人となりました。
子供が2人いた夫婦は→
埼玉県に待望のマイホームを買い
暮らし始めます。 ところが…。
(宮川)何ですか? これ。
7か月。
激務を理由に 洋七さんはホテル住まい。
律子さんは…
不安じゃなかったですか?
当時 人気絶頂で→
いろいろ誘惑も
師匠に対してあるでしょうし。
ご自宅に。
うちに。 実は こんなんて→
うわさが流れてますけども
ご存じですか?って言うて。→
来るまで全く知らなかったから…
うわ~ もう 奥さんがすごいですわやっぱ。
そういう病気は。
病気というふうに認定したんですか。
そうそう そうです。
病気だと。
病気。
(せき)
私だったら許せないな。 駄目です。
駄目? 許せない?
(律子)あまりね 束縛しても駄目ですよ。
ほんとですか。
すればするほど逃げますから。
(宮川)すばらしい。器が でかいです。
偉いな あんたな。
(笑い)
すごいですね。
すごい!
(岩屋)次のトピックにいきましょう。
ジャジャン!
漫才ブームが。
うん。 完璧に終わったな。
まさか
あないなるとは思わんかったもん。
あんだけ週刊誌だ 何だかんだって→
すごいすごい 漫才すごいおもろいって言われた 今度 逆を書かれるわけよ。→
終わってんのは
俺らが一番よう分かんねん。
あの時は やっぱ
すごい つらかったです。
絶望し 落ち込む洋七さんを救ったのは→
律子さんの思いがけない ことばでした。
「何言うてんねん おとん!」言うて。
これからよって。
5年間 一生懸命
寝んと仕事したやろって。
5年間 遊べばええやんって。
この家 売ってでもええから→
最初 知り合った四畳半に
戻ってもええから遊びって言われたんや。
(笑い)
ほんとは これ以上無理って思ったけど…
すごい ひと言ですね。
いや~ 器の大きさが違いますね。
律子さんの言葉に救われた洋七さん。
その後 空いた時間を使い→
佐賀での生活を小説にした
「佐賀のがばいばあちゃん」を執筆。
駆け落ちから始まり いい時も悪い時も→
身勝手な洋七さんを受け入れ支え続けてくれた律子さん。
そんな妻に 洋七さんは…
(岩屋)それが こちらです。
51歳。 これは?
2~3週間しかもたない話ってあって。
それで ず~っと…
別に2~3週間じゃなくて結構 長くな。持ち直してね。
持ち直して。 でも 1年ぐらい
ず~っと行ってたんや。
半月ぐらいずつ毎月ね。
やっぱり疲れるのが分かるやん。
だから これはいかんなと思って。
やっぱり 佐賀に家建てた方がええな思って…
え~!? 黙って。
「若い頃 駆け落ちで迷惑をかけた母に→
いつか親孝行がしたい」という
律子さんの気持ちを→
洋七さんは感じていたそうです。
そこで 律子さんと義理の母のために…
うれしかったですか?
しょっちゅう行けたし。
佐賀弁で言ったら「いんにゃ」とか
「違う」ということなんですけど→
「いんにゃ」とか