っと違う。
荷台に描かれているのは、
クレヨンで描かれたかわいらしい子どもたちの絵だ。
思い思いに描いた絵のかたわらに
は、
交通安全を願うメッセージ。
トラックの周りには、
子どもたちの笑顔があふれる。
そんな子どもたちの絵を優しいまなざしで見つめるのは、
フェスティバルの主催者である宮
田博文さん。
この日を、
特別な思いで迎えていた。
たった一台のトラックから始まっ
たプロジェクト。
そのトラックが運ぶのは、
物だけじゃない。
笑顔を運ぶトラックの挑戦を追っ
た。
>>おはようございます。
>>おはようございます。
>>大阪府高槻市にある宮田運輸。
西日本から食材を中心に、
さまざまなものを全国各地へ運ぶ
物流会社だ。
今から6年前に、
祖父の代から続く会社を社長として引き継いだ宮田さん。
依頼された仕事はすべて引き受け、
連日、
トラックはフル稼働。
そして、
社長就任から1年が過ぎた5年前
の8月、事故は起きた。
>>私は、
専務から、
電話で一報を聞きました。
私どものトラックと、
スクーターバイクが接触したと。
>>事故が起きた現場は、
大阪府寝屋川市の幹線道路。
交差点を左折しようとした宮田運輸のトラックの脇を、
一台のバイクが直進しようとした
際、
トラックのミラーに接触。
バランスを崩し、
転倒したバイクは、そのまま電柱
に激突した。
駆けつけた病院で宮田さんが案内
されたのは、霊安室だった。
立ち尽くす宮田さんに、
亡くなった男性の父親は、
こうことばをかけた。
>>どっちが悪いかはわからへんけどな。
たった今、息子は命を落とした。
その息子に、
小学4年生の娘がいることだけは、
分かっておいてくれへんか。
>>事故を起こしたドライバーは、
ふだんはハンドルを握ることの少ない、管理職だった。
>>大変忙しい日でして、
なかなか配達する車が見つからないと。
どうしても荷物を届けなくちゃい
けないと。
そのときは、本当に売り上げとか、
利益とかですね、
そういったことを追求し過ぎたの
かも分からないなと。
>>亡くなった命をどう償うべき
か。
社長として自問自答を繰り返す日
々が続いた。
>>このまま会社をやってていい
のかとかですね、
そんなことをですね、
本当に考えて、
夜も眠れない日々が続きました。
>>もう一度トラックで世の中の役に立ちたい。
そう覚悟したのは事故から半年ほ
どたったとき。
従業員のトラックにあった、ある
ものに、
宮田さんの目はくぎづけになった。
宮田運輸で20年以上、
ドライバーを務めてきた尾本啓一
さん。
その日の社長とのやり取りを、
よく覚えている。
>>うちの娘、
舞っていうんですけど、4歳か5歳くらいのときに描いてくれたそ
の絵を、トラックの運転席の中に、
ずっと僕、
かざっとったんですよ。
うちの社長が、
これや!みたいな。
>>本当、
こんな切れ端の絵を飾ってある。
これを本当に運転席にとどめるんじゃなくて、
社会へ出そうと。
この子どもの絵とメッセージっていうのは、本当にどんな人の心に
も届くっていうふうに思ったので。