2019/01/21(月) 22:25〜23:10 プロフェッショナル 仕事の流儀▽前人未到の偉業、その先へ 囲碁棋士・井山裕太[解][字]


一変させつつある…
その急速な進化は→

人間に勝つのが最も難しいと言われていた囲碁の世界に→
衝撃をもたらした。
AIの理解不能な手をトッププロが研究する時代。
果たして
井山さんは どう対処しているのか。
井山さんは 大阪の生まれ。
共働きの両親のもと一人っ子として育った。
囲碁と出会ったのは 5歳の時。
父親がテレビゲームのソフトを買ってきたのが きっかけだった。
コンピューターと対戦するうち たちまち
父親がかなわないほど強くなった。
翌年 大人に交じって
テレビ選手権に出場すると→
幼稚園生の井山さんは アマチュアの
強豪を相手に 5人抜きを演じた。
8歳で…
そして 16歳で 飛び級を認められて7段に昇格。
一躍 トップ棋士の仲間入りを果たした。


順風満帆の道のりに初めて壁が立ち塞がったのは→
そのころからだった。
百戦錬磨のトップ棋士との対戦では勝負どころで慎重になってしまう。
負けられないと気負うほど
奔放な手を打ちきれない。
大一番で 際どい逆転負けが続いた。
19歳の時 井山さんは初めて名人位への挑戦権を得る。
相手は 台湾出身の…
井山さんが目標にしてきた 最強の棋士だ。
井山さんは さい先よく2連勝。
でも勝つほどに 言いようのない苦しさに襲われるようになった。
負けても 張栩名人は
平然と打ち進めてくる。
45センチ先で こちらの力を
試しているような 圧倒的な空気。
どこに打っても 自分の手が悪いような
錯覚にとらわれる。
その感触を最後まで払拭できず
井山さんは負けた。
控え室に戻った時 プロになって初めて
涙が込み上げてきた。
この時 井山さんは
自分に欠けているものに→
はっきりと気付いた。
井山さんが目指す姿勢をまざまざと見せつけた→
5年前の対局がある。
名人戦は第5局を迎えた。
井山は3勝1敗と 王手をかけていた。
序盤から 激しい攻防。
井山 101手目の手番が 山場となった。

この時 井山が狙っていた隅が窮地に陥っていた。
ここに白を打たれると
隅の黒石は死に 白の地になってしまう。
だが 次の一手を ここに打たなければ
より広い中央の守りを固められてしまう。
控え室のプロたちは 隅を
捨てるべきだとの意見で 一致していた。
(男性)40秒。
井山 どうするか。
(男性)50秒 残り5分です。
(男性)55秒。→
58秒。
隅を守る まさかの手。
名人 山下は すかさず中央を守る。
(男性)30秒 残り5分です。
だが 井山は
中央への進入を諦めたわけではない。
井山が 中央に切り込んだ。
足がかりがなくても 切り崩せる。
その直感を信じて 強気の手を打ち抜く。
たどりつきたい「境地」の手がかりを求め→
井山さんは
5年前 こんな場所にも足を運んでいる。
ここには 歴代の名人たちの
対局を記録した→
棋譜が保管されている。
これは江戸時代 「天下に敵なし」とうたわれた→
本因坊道策の棋譜だ。
300年以上前の名人たちの打ち方を再現してみる。
求めているものが 確かにそこにあると

井山は感じていた。
最高の手を思いつくだけでは
プロの世界では勝ちきれない。
勝負の懸かった場面で
時に大胆な手であっても→
信じて打ちきれるかどうか。
誰の助けもない中でそれをやり遂げるのは→
容易なことではない。
そうですね…
笑顔で 笑顔で。
前回の取材から5年。
その間の井山さんの躍進は 驚異的だ。
囲碁界で前人未到の7冠制覇。それを2度達成。
空前の偉業が評価され
囲碁界初となる 国民栄誉賞を受賞した。
そして去年2月。
時間になりました。お願いいたします。
日本囲碁界の悲願である
世界一を決めるトーナメントでも→
優勝まで あと一歩に迫った。