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2020/12/28(月) 18:00〜22:00 国民・専門家・AIがガチで選ぶ 戦国大名総選挙[字]


一族でランクイン。
29位は、龍造寺隆信。
現在の長崎、佐賀地方を治め島津氏、大友氏と並び
九州の三強に入っていたと
専門家から支持されました。
≫大肥満の大将と呼ばれた
その風貌。
そして
敵に脅威を与えるような戦術で
後に肥前の熊という
ニックネームでも呼ばれます。
≫28位は、柴田勝家。
統率、武力で高い数値を獲得。
今川義元や浅井長政を破るなど
腕っ節の強さを見せつけた。
27位は、上杉景勝。
4位、上杉謙信の後継者として北陸地方を治め
豊臣政権五大老として活躍。
そして26位に選ばれた大名は
熊本が誇る築城の名手
加藤清正。
そもそも加藤清正は
どこで、何をした?
≫加藤清正は関ヶ原の戦いのあと
肥後の国、現在の熊本県を治め都市開発させた大名で
熊本地震からの
復興シンボルである熊本城は
この清正公が建てたんです。
実は、その熊本城…。≫入ってきた敵を一網打尽。
天守にたどり着けない


仕掛けだらけのラビリンス。
≫では、どれほど鉄壁なのか
実際に敵軍になったつもりで
熊本城へ討ち入り
シミュレーションをしてみよう。
湯浅先生、監修お願いします。
≫今回、仮に1万人の兵で攻めてみたという
イメージでやってみましょう。
≫それでは、加藤清正が仕掛けた3つの罠をご紹介。まずは…。
その1、造りすぎ!
でかすぎの櫓。
その場所は、熊本城を入って
すぐのところにあった。
≫現在、復興工事の真っ最中。
特別に入らせていただきました。
≫ここから細長い空間があって
これが竹の丸になります。
兵が、ここにざーっと
たまるような形になります。
その時にですね、パッとこう
城の中心の方向
北のほうを向くとですね
高い石垣が
ずっと、そびえるような
景観があります。
≫すごいいっぱい石垣が。
≫今は石垣だけになってますね。
当時はですね、この上に
櫓が建ってたりとか
門が建ってたりとかっていう形で


こういう形ですね。
≫櫓?
何か天守みたいなのがいっぱいありますね。
≫櫓というのは、そこに潜み
攻め込んでくる敵を
攻撃する場所だったと
いわれております。
当時の熊本城には
たくさんの櫓があり
49もあったといわれてます。
≫櫓も単層の櫓ではなくて普通に五階櫓が何基もある。
五階の櫓っていうのは
普通のお城でいったら
天守級の櫓になるんですけども
それが何基もあるっていうのは
もう、異常って考えてもらっても
いいのかなと思います。
≫攻め込んだ敵は、この場所から
どんな風景を見ていたのかな?
入ってすぐにこんなたくさんの
櫓に襲われたら
ひとたまりもないぞ。
≫銃や弓で撃たれてかなりの兵が、ここで
倒されるんじゃないでしょうか。
恐らく、半分ぐらいやられるのではないでしょうか。
≫熊本城、加藤清正が
仕掛けた罠。
その2
敵の勢いを奪う魔法の道。
≫それの場所は

さっきの竹の丸と、目と鼻の先。
≫加藤清正の
最大の仕掛けのところ
ちょっと行きますね。
これ見ていただいたらですね枡形になってますよね。
≫石垣で敵を囲み
攻撃をする枡形。
19位、藤堂高虎の
今治城でも学びましたね。
≫そ、そんな仕掛けじゃ

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